●●● ヒナタボッコ 春風に吹かれ、頭上の木の葉が軽く触れた。 仰向けに寝転んだ額に、木漏れ日がきらきらと揺れる。 目を閉じた世界は、心地よい鳥の音と柔らかな草の匂いで包まれていた。 「よっ」 声と同時に目蓋に影が落ち、彼はそっと眼を開けた。 「収穫は」 「上々」 丘に登ってきたタクは、寝転んだスースケの顔を覗き込むようにして話しかける。 スースケは起き上がって胡坐を組み直した。 「何持ってる、」 彼の横に腰を下ろし、タクがズボンに手を入れる。 スースケは脇に抱えていた小さな鞄の中から、腕時計とパンとマニキュアを取り出してみせた。 「それ、お前が付けるのか」 タクが、鮮やかな紅いマニキュアを指して眉を顰めた。 「まさか。配色だよ、デザート」 スースケは眼を細めて笑ってみせた。 「それよりこの時計、防水加工・磁石付き。いくらだと思う、」 「八万かな。じゃなきゃ五万」 タクはにべも無く答える。 スースケはそれには応じず聞き返した。 「タクは、何持ってるの」 僅かな微少。 その言葉を待っていたかのように、タクはズボンの中に入れた手を取り出した。 手に握られているのは、美しいプリズムを織りなす、掌いっぱいの石。 「それ、ダイヤじゃないのか!」 スースケは思わず叫んだ。 「五百カラットは下らないだろう、それ」 彼は、全身から冷や汗が滲むのを感じた。 「ただのガラスさ」 そんなスースケを横目で眺めながら、タクは悠長な態度で言った。 スースケはごくん、と唾を飲み込んだ。 「どこでヤったの、」 彼の問いに、タクは軽く微笑み返しただけだった。 スースケは、呆然とタクの手中の石を凝視していた。 そんな彼を知ってか否か、タクはその場に横になった。 そして、ポケットから柄の無い剃刀の刃を取り出して、眼前の天に掲げるようにして腕を伸ばした。 「これで」 タクが、様子を見るように一息置く。 「手首の上を引いたら、どうなると思う?」 スースケは答えなかった。 タクはいつもそうだ。 いつも、本気か冗談か分からないような顔をする。 それは、きっと誰にも見抜けない。 タク自身にも、見抜けていないのだろう。 「そうなる前にサ、」 タクがいつもの調子で言った。 「何か大きな事をやろうぜ」 明るい、それでいて静かな声。 スースケも、彼の隣に並んで仰向けになった。 頬を撫でる柔らかな風が、心地よかった。 「銀行でもヤりますか」 スースケが、にかっと笑う。 「どーせヤるなら、総理邸にしようぜ」 「殺人? それは犯罪デショ」 二人は眼を合わせて冷笑し合った。 しばらくして、タクが天を仰ぐ。 「その後さぁ」 スースケも、倣って視線を上げた。 頭上の大樹を見上げる。『彼女』は、両手を広げてその影で二人を包み込んでいた。 「これを、試してみるんだ」 タクは、剃刀の握られた手を眼前に置いた。 「恐いか?」 「まさか」 スースケが軽く躱す。 タクは、死を望んでいたわけでは無い。 それは、スースケだって同じだ。 唯、それを試したら世界がどう変わるかを、想像するのが面倒臭かっただけだ。 春の香りとそよ風に包まれて、二人は安堵の鼓動を打った。 それに合わせて、スースケは目を閉じる。 目蓋の上で、光の粒子が踊った。 そして、彼は小さく呼吸をし、泡沫の夢を探った。 |