「今やらなきゃ、いつやるの?」
この時期になると、いつも彼女が現れてそう言う。
別れの時にはいつも、もう二度と逢いたくない、と願っているのに。

僕は、ずっと前から彼女をよく知っている。
彼女の出生の秘密、癖、成長してきた過程…その割に、昔と何1つ変わっていないということ。
僕は、彼女を知り過ぎている。
でも、彼女は僕の事など何一つ知らぬ顔で、僕の前に現れるのだ。
「今は……」
「判ってるよっ」
僕は怒鳴りたくなる衝動を抑えて目を逸らした。
本当は、よく分かってるくせに。僕のいくじなさや、僕が君に弱い事。
なのに、何でいつも僕の邪魔ばかりしようとするんだ?
何でいつも、やりたいときにやりたい事をやらせてくれないんだ?
彼女は、唇をかみ締めた僕を見て、クスッと笑った。
「判ってるわよ。でも、貴方がいつもあたしを呼んでるんじゃない」
また始まった…。
「貴方が。あたしに会いたい、って言うから、来てるのよ」

全身から冷や汗が流れたかと思うほど、僕は焦っていた。
何か、得体の知れないモノに惑わされて、気持ちだけが一人歩きをしていた。
でも、それが何なのか、頭でははっきりと判っていた。
その形が次第に明確になってくるにつれ、僕は益々焦るのだ。

「…あたし、もうすぐ帰らなきゃ」
独りにして欲しくない時だけ、彼女はさっさと帰りたがる。
でももう、二度と君の顔なんか見たくは無いよ。
「またそんなこと言って。しばらくしたら、又あたしに会いたくなるのよ」
でも今は、もう絶対にこの誓いを破ったりはしたくないんだ。
だって、君に会ってしまった後、いつも僕は悩まされているんだから。
「その代償を払ってでも、貴方はあたしに会いたくなるのよ」
そういう彼女は、きっと知ってるんだろう。

君に会ってしまうと、必ず僕に襲い掛かる、後悔という名の怪物の事を。




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