仕合わせの定義なんて、どこにも無い。 貧しくても心が充実している人は幸せだと感じるだろうし、いくらお金があっても満ち足りた気持ちになれない人はきっと不幸なんだ。要は気持ちの問題。だから、この人が好きだと思えば、少々見た目や性格が好みじゃなくても、理想の恋人像とかけ離れていても、好きになることが出来る。あたしはもう、少女漫画に憧れるオトメなんかじゃない。理想の男なんてこの世に存在しなくって、結婚相手は妥協しないと見付からないことを既に知っている。 「最近、どうですか」 会議室に続く廊下の踊り場。自動販売機が三台並ぶその場所で小銭を探していると、背中から声が掛かった。振り返ると同時に伸びてきた手が、目の前のボタンを押す。自動販売機に光りが灯り、彼がセンサーにプリペイド式のカードを近付けると電子音と共に取り出し口に紙パックのジュースが排出された。 「どうって、何が、」 「決まってるじゃないですか、うちの課の彼との関係ですよ」 ブルーグレーの作業着を着た色白の青年が、わざとらしくニヤっと笑う。 隣りの工事課で土木職に就く彼は二年下の後輩で、何故か施工課事務職のあたしと休息時間が被るらしく、度々喫煙ルームで顔を合わせた。あー、うん。とノリの悪い相槌を打つ。ぼちぼちかなぁ、と言いながら自販機に小銭を投入し、缶コーヒーのプルタブを引いた。 この人の言う「工事課の彼」は、もちろんあたしの恋人の事だ。その彼は同期入社の同僚で、この人にとっては直属の先輩に当たる。疑いの無い後輩は、無邪気な態度で突っつくように言葉を口にする。 「結婚とか、しないんですかぁ。付き合ってから、割りと長いんですよね、」 「二年かな」 「そろそろじゃないですか」 後輩は信じて疑わない目をしている。あたしは言葉に詰まった。この人に罪は無い。 彼は、見た目にはお世辞にもいい方ではないが、あたしにとっては話し易い他部署の同僚の一人で、何故か社内の女性陣にもモテていた。それはたぶん、人懐っこい喋り方と細身でそう高くない身長の所為。世間で言う背の高い男性がモテる、だなんて誰が言い出したのだろう。きっと、目線が近い方が喋りやすくて仲良くなりやすい。それは彼が証明してくれていると思う。そう思うけど、例外はあった。根本的に合わなければ、真に語り合うことなんて出来ない。あたしの彼は、この人と同じぐらいの背だったはずだから。 「そんなんじゃ、ないのよ」 あたしたちの関係は。 決して比べるわけではないけども、あたしは目の前にいる後輩の向こう側に彼を見ながら答えた。だって、同じような背恰好なの。オマケにおんなじブルーグレーの作業着。 首を傾げる彼は、不思議そうな視線を投げてくる。 「……上手く行ってないんですか。仲、悪いとか」 「そういうわけじゃ、ないんだけど」 上手く表現できる言葉が見付からなかった。この後輩や、彼を知らない友人たちに説明出来るような、しっくり来る言葉。あたしはそれを知らないのかもしれない。 何て言ったらいいのだろう。あたしたちの様な関係のこと。表向きは順調に仲良しで、ケンカなんて一度もない。けど。 そこに、愛があるかどうかは完全に別問題。 きっと、こんなカップル、そこら中にいくらでもいる。日本中の。否、もしかしたら世界中の、どこにでも。 |
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この世界の片隅で (C)2011 SAWAMURA YOHKO |