恋しいのは昨日の君 1 





 それは、本当に偶然の出逢いだった。
 その日、正大は中学時代の友人たちと久方ぶりに会う予定で、学生時代に電車を乗り継いでよく来た街まで出てきていた。
 当時は、若者たちで賑わう「落書き通り」と呼ばれる汚いメインストリート以外には興味が無かったが、今回は夕方からその通りの裏側の路地にある、穴場の飲み屋街が目当てだった。思い出話を肴に酒を進め、店を二件ほど梯子して気がつくと、時計の針は零時を廻っていた。
 友人たちと別れて店を出ると、昼間は人込みで店の看板もろくに見えない程の賑わいのある通りは、正大と年齢不詳の男女が疎らに数人いるだけだった。
 当然、通り一面にある商店の数々も、みんな一律にシャッターを降ろして静まり返り、そこは何だか見慣れた通りとはまるで別の場所に感じる。
 正大は暫く、妙な気持ちでアーケードの蛍光灯の下を駅に向かって歩いていたが、ふと、脇に逸れる路の先の闇の中に、漏れた人口の光で何かが照らされていることに気づいた。その脇路の先には、汚くて、陽が落ちると近寄りがたい輩の溜まり場になる、「落書き通り」と呼ばれていた場所がある。
 正大は一瞬、躊躇したが、視界の端に映った闇の中の「何か」に引き寄せられるように、静かにアーケードを出た。そして、路地の方へ曲がった。
 その瞬間、正大はそれを見渡して立ち尽くした。
 壁画、だった。
 いや、正式に云うと、それは単なる落書きなのかも知れなかった。
 「落書き通り」の続いた商店のシャッターを何枚もに渡して、一つの絵が描かれていた。街灯もない路地だったが、月灯で見渡せる通りのシャッターというシャッター全てに渡って、それは続いていた。
 空白も、少しの隙間もなく、形の定まらない荒い線で、多くの奇抜な配色を多用し、でも、原色は一つもなかった。
 正大は暫く呆然と通りを眺めていたが、気づいたように絵の続きに沿って通りを小走りに進み始めた。迷路のように入り組んだ通りは、実際は狭い敷地の中に納められているはずなのに、何処までも何処までも続き、絵もそれと一緒に何処までも続いていた。
 汚い、の代名詞だった通りには、目立ったゴミは殆ど落ちていなかった。
 初めて観た。でも何処か、懐かしい。
 この胸の奥で転がる音は、一体何だろう。
 最後の商店に辿り着いた。絵も其処で終わっていた。
 正大はそのシャッターに顔を近づけて、隅の方を凝視した。更に顔を近づけた後、少し離れて腰を落とし、先刻の飲み屋で貰った燐寸を尻ポケットから出して擦った。