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程よい陽射しが地に落ちる昼下がり。 翌日。看板屋は板の前で、左手に刷毛を握り、薄い色の塗料で下絵の輪郭を描いていた。 公園には、砂遊びをする幼児たちや、世間話に花を咲かせる子供を連れて来た若い主婦たちや、学校帰りに直接寄ったランドセルを背負った小学生たちで賑わっている。 看板屋は鼻歌でリズムを取りながら、刷毛をベニヤの上で滑らせていた。 足下には、何種類かの塗料の缶に、刷毛がほぼその缶と同数分、別の空缶に差してあった。その隣には、赤いプラスチックのカバーに、円い黒の格子のスピーカーが一つだけ付いた小型ラジオが、アンテナを伸ばした状態で置かれている。ラジオからは、看板屋にだけ聞き取れる程度の音量で、微かに情報が流れていた。 しかし、子供たちのはしゃぎ声や主婦たちの雑談の声で、ラジオは所々途切れがちにしか、看板屋にも聞き取れなかった。況して、その音が公園にいる他の誰かの邪魔になるとは、到底思えない。それでも、看板屋は音量を上げようとすることもなく、公園に響く日常音を鼻歌のリズムに乗せて、刷毛を動かした。 そんな賑わいを見せる公園の中に、昨日の子供の姿があった。 その子供は、昨日の子供とは別人のように表情豊かに顔を綻ばせ、周りにいる他の子供たちと同じようにはしゃいだ様子で、周囲の子供たちと戯れ、公園内を走り回っていた。実際に昨日と違う点は、T-シャツの柄と、靴下の長さだけだったのだが。 その様子を横目でちらりと眺めて、看板屋は新たな塗料の缶に刷毛を浸けた。 低気圧の移動により、夕方からは降水確率が七十パーセントになるでしょう、と云う気象アナウンスが、ラジオから流れているのが聞き取れた。 だが、それが何処の地域の予報か、と云う部分が丁度聞き取れなかった。 昨日より少々早めに、公園から人足が引き始めた。 まず、幼児たちの迎えの母親が平素より早い時間帯に公園に集まりだし、彼女たちの会話の内容を聞いて、遊んでいた小学生も早めに仲間と解散して家路についた。 夕方から、雨が降るらしい。 どうやら、昼間ラジオで流れていた気象情報はこの辺りの地域のものだったようだ。そう云われて見れば、午後には晴れていた空が、今は雲行きが怪しくなってきている。 それを眺めていた看板屋も、早めに本日の予定を切り上げて、完成まであと一段階ある標語札にビニールを掛けにかかった。 公園内の人口は、短時間で急速に降下し、看板屋がビニールを掛け終わり、更に雨除けの覆いを被せようと広げ出した頃には、一人の子供を除くと、誰もいなくなっていた。 最後の一人に残ったのは、やはり昨日の子供だった。 子供は、昨日と同じように表情の無い顔で淡々と遊具を順繰りに回っていた。その様子は、昼間、仲間と戯れはしゃいでいた人物とは、全くの別人のようだった。 橙色の夕日より先に、青い薄闇が空を覆い始めていた。雲が多い。あれらが全部雨雲なら、天気予報はほぼ当たっているのだろう。 公園に独り残された子供には、迎えが来る気配が無かった。 その子供の年頃では、まだ保護者が迎えに来ても可笑しくない年齢の筈だ。実際に、先刻まで一緒になって遊んでいた仲間たちには、母親が迎えに来ていた。それは、昨日も、その前日も、その前も、ずっと同じだ。 そして、その子供に迎えが来ないのも、同じだった。 雨を迎える準備の整った未完成の標語札を前に、看板屋は立ち上がった。 そして、遊具で機械的に遊ぶ子供に眼を遣った。 子供は、今日はジャングルジムには登らず、鞦韆に乗り終わってからは、滑り台の階段へと向かっていた。 無感情に見えても、流石に昨日の今日でジャングルジムには懲りたのだろう。看板屋は、暫く子供の様子を眺めていたが、今日はジャングルジムに近づく様子の無い子供を見ると、自分の荷物を手早く纏めて公園の遊具に背を向けた。 砂場の脇を通り抜けて、公園の入り口を潜って、外に出る。公園の目前に建っている印刷工場の機械音が、今日はしていなかった。 今日は定休日なのだろうか、と看板屋が思った瞬間、遠くで鈍い音が響いた。 それは、看板屋の背後にある、公園の奥から、地面を伝って響いてきたような感じがした。 振り返って、彼方の公園の奥の遊戯場へ眼を遣ると、子供が地面に張り付いているのが、何故かはっきりと映った。 看板屋は慌てて公園の中へ戻り、滑り台の脇に俯せに倒れている子供に駆け寄った。 おい、と声を掛ける。しゃがんで、子供の頭の位置に顔を近づけ、もう一度、声を掛けた。 子供は、俯せになったままぴくりとも動かず、返事もなかった。 顔が見えないため、起きているのか否かの判別も着かなかったが、死んだように全身が全く動いていない子供は、息さえしていないように見える。 看板屋は立ち上がろうとして、子供の頭の先に長い紐の付いたカードが落ちているのに気づいた。紐は、子供の首の辺りから外れたように捩れていた。 看板屋はそれを拾い上げて、素早く立ち上がった。 |