あ ま や ど り

〔壱・屍荒し〕



 山中の獣道を、初老の武士と身形の良い四、五歳の童が進んでいた。
 武士は、息を切らしている。
 童が支えるように傍を歩くが、遂に武士は地に倒れ込んだ。
「三浦、」
 童が声を上げる。
 脚は、炎症を起こしたように蒼く腫れ上がっている。
「梅千代様……。私に構っていては峠を越えられません。心細いですが、どうか先に落ち合わせの岐路まで……」
「厭だ」
 童は表情を堅くする。
「梅千代様……」
 武士は、困ったような面持ちで童を見上げた。
 空は、樹が生い茂っていて、殆ど覗いていない。
 明かりは、木漏れ日が僅かに頬に落ちる程度だった。


 山中の峰に、少し開けた草原があった。
 そこは、度々麓から上り詰めた武家の戦が開かれた場所だ。
 そして、明朝も戦が行なわれていたらしく、草原には数多の武士の死骸が転がっていた。
 その、死骸の畝の間に蠢く人影が、一つ。
 紅の地に白菊の紋様が入った単衣。露草の簪。
 身丈五尺ニ分程の、娘だ。
 左腰に小太刀を二本、右に長脇差を二本。そして、腕に抱えられるだけの太刀や脇差を抱えてしゃがみ込んでいる。
 よく見ると、刃物類以外の貴金属も抱えている。どちらにしても、どれも高値のものばかりだ。
 娘はその格好で、尚も別の死骸の脇に蹲って死んだ武士の懐を漁った。
 そして、仏の喉近くに手を伸ばそうとした時。
 突如、死骸の手が伸びて、娘の手首を掴んだ。
「ひっ」
 思わず、声が漏れる。
 横たわった武士の目蓋が、僅かに上がっていた。
「……ゆ……み、」
 焦点の合わない眸で、娘を遠目に見つめている。薄く唇が震えた。
 娘は、一瞬、眼を見開いて横たわる武士を凝視した。
 武士は、再度仏になったかのように眼を閉じ、握力を緩めた。
 しかし、よく見ると、まだ息がある。
 娘は、暫く中腰のまま武士を眺めていたが、直ぐに口元を堅く引き締めた。

(C) SAWAMURA HARU 2002.01.25 

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