あ ま や ど り

〔弐・山中にて〕



 光りを感じて、うっすらと目蓋を開けると、古木の天井が見えた。
 少し熱っぽい。どうやら、蒲団に寝かされているらしい。
 少し離れたところから、火を焼べる音が聞こえる。
 身体を傾けてみると、奥の部屋で紅の単衣を身に付けた娘が、鍋の前に立っていた。
「……あの、ここは……」
 娘に向かって、口を開く。
「お、気がついたか」
 娘は、蒲団に入った武士が目を覚ましたことに気づいて、鍋を抱えて傍にやってきた。
「ここは俺の小屋よ。ほれ、たんと喰え。体力付けなきゃな」
 不風貌に似つかわしくない、少々ざらついた声で云いながら、娘はお椀に鍋の粥を注いで床に入っている男に差し出した。
 武士は、年の頃三十路前後。短めの髪を脳天で束ねている。
 そして、額には刀の古傷があった。
「お前さんが、此処まで俺を……?」
 男は、小屋の中を見渡しながら云った。
「ああ。ここには俺しか住んでないからな」
 娘は気軽に言葉を返した。
「重かったであろう、辱ない……。だが、ここに俺しかいないって事は、他の者は皆……」
「ああ。残念だが、恐らく」
 娘は、窓の外を見ている。
 男は、再度小屋の中を観察した。
 六畳二間程度の、簡単な造りの小屋だ。
 部屋の間には、襖も障子も張っていない。ただ、床に区切りの継ぎ目があるだけだ。
「まぁ、あれだけの戦で助かったあんたは、運があっただけだ。あんまり気に掛けないほうが身体のためだぜ。ほら、熱だってあるんだしさ」
 娘が、床の男に向き直って、遠慮がちに微笑んで云った。
「辱ない。……そうだな、お前さんに熱を染してしまったみたいだ」
「え、」
「声が、割れてますぜ。俺の介抱は気にしないでくだせい。まずは、その身体を先に治してもらわねぇと」
 男が、身を屈めるようにして云う。
「あ、この声は……」
 娘は少し慌てて答えたが、ふと思い出したかのように口を開いた。
「それより、『ゆみ』って何だ」
「え、」
 一瞬、男は顔を顰めたが、わずかな記憶の端で、草原でそのようなことを口走ったことを思い起こした。
「ああ、あれは妹の名です。あの時は、夢現つでして……。お前さんを妹と思ったので」
 武士は恥ずかしそうに云う。
 娘は無表情のまま、聞いていた。
「そういえば、まだ名乗ってませんでした。私は金田の武士で、吉村の岩丸といいます。……差し支えなければ、娘さんの名も教えていただけますか、」
 岩丸は、微笑んで脇に座る娘に顔を向ける。
 娘は、そんな岩丸の顔から少し視線を外すと、口を開いた。
「キュウ」
 娘、キュウの様子には気づかずに、岩丸は直ぐに返答した。
「おキュウさん、ですか。変わった音ですね。あー、そういえばおキュウさんは、……」
 一体何用であの戦後の草原に、と続けようとした岩丸は、部屋の隅に積んである荷を見て、慌てて口を噤んだ。
 そこには、数多の脇差が積み重ねられている。
(屍荒し……。物取りか、)
 ……そーだよな。こんな山奥に娘御独りで暮らしてるとなりゃ……。
 岩丸は、呆然とそんなことを思った。
 気づけば、キュウは傍から離れて、窓の外へ出ていた。

(C) SAWAMURA HARU 2002.01.25 

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