あ ま や ど り

〔四・交錯〕



「おキュウさん……」
 振り返った岩丸が、声を漏らす。
「何故、そんな小さな童子まで、殺めようとする、」
 冷たい表情で、見下ろすようにキュウは云った。
「何故って……。この童は敵のアタマの子息だ。先刻、草原を通りかかったが、ウチの頭領の遺体はなかった代わりに、野崎信好公の頭は討ち取られていた。金田が討ち取ったからには、子息を生かしておく訳にはいかん」
 岩丸は、刀を童に向けて構えたまま、キュウに向かって一気に捲し立てた。
 しかし、キュウは殆ど表情を変えずに口を動かした。
「無益なことを……。その童が、後に意趣返しに来ると思おてか」
「そうだ」
 即答する岩丸の前にいる童に、キュウは視線を向けた。
 童は、地に手をついて、弱り切った表情で小刻みに震えている。
「その童子は、意趣返しには来ん。刀を引くんだな」
「何故そんなことが云える。山里育ちの女のお前さんには、判らねぇかも知れねぇがな。武士ってのはそういうもんなんだ」
 二人は、眉を寄せた。
「だから、おキュウさんは下がっていなせぇ」
「判るさ。俺も、そうだったからな」
「え?」
 不意に云ったキュウに、岩丸は顔を顰める。
 キュウは、鋭い眼で岩丸を見据えて、再度云った。
「もう一度云う。刀を引け」
「駄目だ」
 岩丸は即答した。
 すると、キュウは自分の腰に差していた小太刀を両手で抜いて、眼前に構えた。
 木漏れ日に当たって、切っ先が閃いた。
「なら、俺を先に斬ってからにするんだな」
「な……っ」
 岩丸は、息を呑んだ。
「俺は、恩人、ましてやおなごを斬る気はねぇぜ」
「先に進みたいのなら、そんな悠長なことを云っている余裕はねぇぞ」
 云うと、キュウは宙を返して、蹲った童と抜き身の武士の間に降り立った。
 そして、両手に構えた小太刀を交差し、岩丸の眼前に迫った。
 岩丸は慌てて刀を返して、それを何とか交わしたが、童から数歩下がって土を引き摺る。
(重い……ッ)
 岩丸は、額に汗をかいて、中段に太刀を構え直した。
 キュウは、表情を変えずに腰を落として立っている。
 童は、そのままの姿勢で、ただ目の前の光景を見上げていた。
 不意に、キュウが童に振り返る。
「逃げろ」
 童は、目を見張っていた。
「二度と、戻ってくるなよ」
 『二度と』、を強調して、キュウは念を押した。
 土に滑りながら、童が地に手をついて立ち上がった。
 それを見て、岩丸がぴくりと動く。
 キュウは瞬時を見逃さずに、二つの太刀を振るった。
「山を降りると里がある。その入り口の寺へ、助けを求めろ」
 覚束ない足取りで走り去る童に向かって、キュウは叫んだ。
 岩丸は、だんだん後方に押される刀を必死で振るいながら、顔をきつく歪めていた。
 キュウは、殆ど表情を変えずに、両腕の太刀を動かしてくる。
 身丈は明らかに岩丸のほうが高いし、体格も彼のほうが良い。
 だが、小柄なキュウは、その外見からは想像できないような太刀筋を振るい、大人の男以上の力で岩丸を徐々に後方へと追いやっていた。
 キュウに背を押されて逃げ出した童は、時折土に手を付きながら、必死で走っていた。
 頭の中は、何も考えてはいない。
 息を切らしながら、土に転げながら、ただ目の前の景色が変わることだけを望んで、走り続けた。

(C) SAWAMURA HARU 2002.01.25 

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