1.ママゴトカップルの不毛なセックス -(4)


 デートの行き先は、大抵決まっていた。低賃金の下請け子会社に勤めるあたしたちがテーマパークやホテルのレストランや映画館に頻繁に行けるわけも無く、大半がお金の掛からないウインドウショッピングだった。別に、そのことに不満は無かった。身の丈の合わない場所に行きたいとは思わないし、金銭を気にしてデートの回数が減るのもおかしいと思う。だったら、ウインドウショッピングで充分だし、世のカップルもそんな人は多いだろう。JRに乗って繁華街に繰り出し、ショップにディスプレイされたスカートを手に取り、これ似合うかな、なんて言い合うのは実際楽しい。否、楽しいものだろうと思う。
「ちょ、これ見てみて。すげぇ細いフレーム」
 彼が興奮した様子でディスプレイ棚の向こうからあたしを呼んだ。顔を上げると、タイヤのホイールが一面に並ぶ壁の前で手招きしている。
「へぇ、いろんな色があるんだね」
 知識の無いあたしは、大した語彙が無いため愛想の無い返事になる。けど、彼はそれを気にする様子も無く一生懸命説明してくれる。
「これはね、クロムメッキされてるから艶が違うんよ。この細いフレームに、どれくらいの技術が詰め込まれてると思う。百四十キロ越えのスラストを受け持って高速走っても、ビクともしないんだぜ」
 何を言っているのか理解できない。あたしは苦笑いしながら、へぇーすごいねぇ。と言う。自分の口から飛び出たその言葉が、酷く乾いている気がしてなんだか恥ずかしくなった。
 定番のデートコースはウインドウショッピング。そしてその店は、繁華街のアパレルショップではなくて、バイクの部品屋だった。五階建てのビル全部のフロアーがバイクのパーツ一式で埋め尽くされたその店舗は、バイク好きの彼を魅了してやまないらしい。けど、バイクはおろか車にすら乗っていないあたしには、残念ながらその魅力が全く理解できなかった。タイヤのホイールやグリップやハンドルフレーム単体がずらずらと並ぶ店のディスプレイを見て、彼は飽きもせず何度来ても毎回大興奮している。あたしにはそれらの違いが判別できない。見ていても楽しいと思えず、デートでここに来ることが苦痛だった。
 付き合い始めの頃は、それすらも楽しいと思えていたのだろうか。普段来ることの無いパーツ屋さんに入ることが新鮮で、会社でしか知らない彼の男らしい趣味の一面が見えて、それなりに楽しかったようにも思う。バイクのことが判らない女の子に得意になって説明する彼の姿は誇らしげだったし、互いの満足感も満たせていたはずだ。でも、それが苦痛になりだしたのはいつからだったろう。もう、付き合って二年になる。はっきりした時期は覚えていない。きっと、代わり映えの無い毎日に、飽きてしまうことに似ている。彼がバイクのパーツを見て楽しむことは、あたしがドラッグストアーのコスメコーナーで何時間も新商品を見比べているときの楽しみにきっと似ている。パウダーのノリや毛穴の隠れ具合をテスターで試したときのあの感動とそっくりだ。でも、あたしはコスメ選びに彼を連れて行ったことは無い。だって、彼は退屈することが判っているし、興味のない人を待たせていてはあたしも気を遣って選び辛くなるからだ。
 彼が、満足げな表情で戻ってきた。手には、店のロゴがプリントされたビニール製のデイパックを抱えている。
「あれ、今日は買い物したの」
 ウインドウショッピングというのは実際に購入に至らないものだ。この店にはデートのたびに立ち寄っているが、彼が実際に買い物をすることは頻繁というわけではなかった。
「ちょっとね、赤の縁取りが付いたカスタムシートがあったから。俺の単車のやつが中々見付からなくって探してたんだ」
「よかったじゃん。高かった、」
「値段下がってたから、安かったよ。二万いかなかったし」
 二万円で安いんだ。と瞬時に思ってしまったが、口には出さなかった。デートを安上がりで済ませることと、彼の趣味で購入するものの金額とを比較してはいけない。
「カフェでも入らない、ちょっと疲れたし」
 エレベータを降り、ビルの外に出た。まだ夕方というには陽が高い。辺りはショッピング街には程遠く、立ち並ぶビルはオフィス関係が多いように思える。
「俺、まだ全然大丈夫だけどなぁ。普段、事務所でずっと座ってるから運動不足になってるんじゃないの」
 彼が何気ない調子でさらりと言った。悪気が無いのは判っていた。けど何だか、莫迦にされた気分になった。確かに彼は工事現場で働いている職人だから、体力はあるのだろう。対してあたしは事務職で年中椅子に座ってデスクワークをしている。気候の環境も劣悪な外の現場に比べると冷暖房完備の事務所なんてぬるま湯もいいとこで、嫌味のひとつでも言いたくなるのかもしれない。
 けど、もっと大切なことをあなたは今日忘れているのよ。
 だってあたしがこのデートに遅刻した理由は、生理痛という名の体調不良だったじゃない。
「商店街の、クレープ屋さんに入りたい」
「えー、俺甘いもの食べれないんだけど」
「コーヒーもあるから、それ飲めばいいじゃない」
 あたしは自分の用が全く無いバイク部品屋に付き合ってあげたでしょ。そういう気持ちで口にしたのだが、彼は言わなきゃ判らないんだろう。あたしの体調不良を気遣う様子も見せず、あたしがバイクに興味なんてなくても構わないくらいなのだから。
「タバコ、吸える店に入ろうね」
 そう言って宥めながら、繁華街の商店街へ向かった。



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