翌日。昼近くになって、眼が醒めた。平常通り。今日も、予定は何もなかった。前日の就寝時間から考えると、充分すぎるほど睡眠は摂った筈なのに、何故か寝足りない感じがする。身体が、重い。そのままもう一度横になろうかと考えたが、こういう時は逆に起きて動いたほうがいいのかも知れない。そう真っ当そうな事を考えて、俺はのそのそと起き上がり、外へ出た。空は快晴。外出するには丁度いい気候だ。とは云っても、行く当てはない。ふらふらと歩いているうちに、何時の間にか大通りに出ていて、何時の間にかパチンコ店に入っていた。俺は、殆ど外出をしない。だから、パチンコにも滅多に行かない。けど、偶に無性に打ちたくなったり、何もすることもなく行く当てもないときは、パチンコ店に立ち寄る癖があった。此処のところ家に籠もりっぱなしだったため、当然パチ屋にも行っていない。店に入ると、台は全て見慣れないものに入れ代わっていた。定番台でさえ、デザインが微妙に一新している。店員も、見知った顔は見当たらない。俺は少々、時代に取り残されたような気分になった。この業界は、入れ代わりが激しい。台は、常に新しいデザインのものが考案され、人気の無い台は一週間で姿を消していく。人も、然り。半年経てば、従業員の半分は新しい顔になり、二年も経てば見知った顔はいなくなるのが当然だった。
　俺は、スロットは打たない。理由は特にないが、スロットコーナー特有の、あの暗い照明と煙草の煙によって燻んだ空気が、なんとなく気力まで落伍していくようで厭だった。五列あるパチンコのシマを何度か往復し、見慣れたキャラクターのシリーズものの新台の前に座った。今日は、毎週恒例のイベント日だったらしく、定番台のシマは何処も埋まっていて、ドル箱を積んでいる客もかなりいた。俺の座ったシマには、殆ど人がいなかった。勿論、出している客もいない。それで、よかった。別に俺は、勝ちに来たわけじゃない。行く当てが無く、ふらりと立ち寄っただけだ。じゃんじゃん出している見知らぬ常連の間に座って、僅かな時間を削りたくない。突如立ち寄った店で、勝とうと意気込んだら、負けだ。俺は只、時間を潰したいだけ。周りのプレッシャーの無い見知った台に座って、落ち着いた気分に浸りたいだけ。それで出れば、儲けもんだ。
　けど、現実はそんなに甘くもない。元々打ちに来るつもりも無かったため、当たりを一回も出すことはなく財布の中身はすぐに底を尽きた。勝ちに来たわけじゃない。けれど、打てば負けるのは、あまり気分のいいものではなかった。店を出ても、まだ太陽は殆ど傾いておらず、帰るには早すぎる気がした。時間は、何をするにも中途半端な刻。俺は、朋久の携帯電話を鳴らした。朋久は、暇の無いヤツだ。これといった仕事や用事があるわけでは無いのだが、俺のように家でごろごろとしていることは殆ど無かった。気がつけばいつも何処かに出掛けていて、電話を鳴らしても出ないことが常だ。だから、あまり期待はしていなかったが、二コールしたところで、受話器の奥から声が聞こえた。始じゃん、珍しい。開口一番にそう云われた。俺はそっくりそのまま言葉を返した。朋久が電話に出るなんて、珍しいこともあるもんだ。暇なら近くで飯でも食わないか、と誘うとあっさり承諾の返事が来た。丁度、仕事が終わって帰宅途中だったらしい。夕食の時間にはまだ早すぎるが、俺たちは近所の中華料理店で落ち合うことにした。朋久と外食をすることは、滅多になかった。というより、家に居ても共に並んで食事を摂ることは、多くはなかった。互いに帰宅時間が違ったり、腹が減ったら個人が好き勝手な時間に食っていたからだ。最近は、俺は家にずっと居て調理をするのが面倒だとインスタント食品ばかりを食っていたし、朋久は帰宅時間が遅くなって大概が外食を済ませて来ていた。待ち合わせの店に、朋久は何時も通りの恰好で現れた。濃い灰色の細身のズボンに、ベージュのシャツの上から薄手のカーディガンを羽織っている。仕事帰りだといっても、朋久のしているバイトはスーツや制服を着るような仕事ではない。
　何処行ってきたの。朋久は笑顔で云いながら、煙草に火を付けた。余りにも暇だったもんで、その辺を散歩してただけ、と答える。別に用事や目的があって何処かへ出掛けていたわけではない。久々に立ち寄ったパチンコで負けたことは、わざわざ云う事でもなかった。そんなことより、仕事は最近忙しいのか尋ねてみた。不意に、近頃帰りが遅いのは、彼女が出来たからじゃないのかも知れない、と思った。まぁね。朋久が答える。今人が足りてなくてさ。──そうだ。始、この仕事やってみないか。目の前に暇を持て余している丁度いい人材を見つけた、といった感じで朋久は顔を上げた。俺は、朋久のしている仕事のことを詳しくは知らない。けれど、犯罪に引っかかる裏業界で、密輸入されてきたクスリの横流し作業の手伝いをしている、一般人のバイトだという事は聞いていた。いいや、遠慮しておくよ。俺は云った。朋久が、俺と全く別の世界に住んでいる人間だとは思っていない。むしろ、近い場所で生きているタイプの人間だと思っている。けど、俺はまだ得体の知れないものに手を出して、犯罪に関わりたくはなかった。大学を卒業した後に自ら進んでプータローをし、犯罪に掠った日雇いのバイトでその日を凌いでいる朋久も。とっくに卒業している年齢なのに何時までも大学に在籍し続け、毎日暇を持て余しているのにバイトもせず未だ親からの仕送りをもらって生計を立てている俺も。他人から見れば、どっちも同じクズの生き方でも、俺はその場所で朋久のように上手く自分を保っていける自信が無かった。料理が運ばれてきて暫くすると、朋久の携帯電話が鳴った。何。うん、いいよ。判った。六時ね。短い遣り取りで、電話が終わった。誰、オンナ、と興味無さげに俺が尋ねる。当然のように頷く朋久に、どっちの、と俺は云った。朋久は一瞬、不思議そうな顔をしたが、杏子しかいないでしょ、と表情を崩した。

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