01  流れる日常と、本当の気持ち  >> 05




 面倒ながらも金が無いと困るのは自分なので、翌日、俺は予定通りにまずは地域版求人冊子をコンビニで貰って帰った。フリーペーパーの割りには、様々な職種で様々な条件のアルバイトや派遣の仕事が割と数多く掲載されていた。けれど、地域、場所を限定し、自分の都合のいい条件を上乗せして篩に掛けると、一つ、二つしか残らず、更に職種まで選ぼうとするとアルバイトは見つからなくなってしまう。そうなると、フリーペーパーよりもっとより多くの広告が掲載されている雑誌を購入して見なければならないのだろうが、出鼻を挫かれた俺は、またもやる気が減少してしまって部屋で寝転んだ。つけっぱなしのラジオのDJが、番組の時間が残り僅かになったことを告げつつ、曲紹介をした。俺は寝返りを打つ。この番組が終わったら、もう一度外に出て求人雑誌でも買いに行こうかな。けど、もう夕方になるしな。腹が減ったな。先に夕飯かな。そんなことを考えていると、呼び鈴が鳴った。誰だろう、と蒲団から起き上がったところで、隣の部屋から足音が聞こえ、それは玄関に向かった。ドアが開く音と同時に、上がって、と云う朋久の声がした。お邪魔します。女の子の声が遠くで聞こえる。朋久の客だったようだ。二つの足音が隣の部屋へ消えるのを聞きながら、あれはナシコちゃんの声かな、と思った。それから二、三時間が経過した頃、俺の部屋の引き戸を叩く音がした。蒲団の上に寝転がって雑誌を読んでいた俺は上半身を起こしながら、どうぞ、と引き戸に向かって云った。今晩は、と笑顔のナシコちゃんが顔を見せる。ノック、どうぞ、今晩は。この一連の流れは、俺たちの間では定例のものになっていて、暫く彼女の訪問がなかった間、それが行なわれなかった為、無性にその流れが懐かしく感じられた。ナシコちゃんは後ろ手でドアを閉めて部屋に入ってくると、何時ものように喋った。映画、見てたんですよ。時計仕掛けのオレンジ。始さん、見たことありますか。座ってもいい、という素振りをナシコちゃんがしたので、俺は座蒲団を投げた。あるよ、見たこと。それ、ナシコちゃんの趣味でしょ。朋久はそういうの、あんまり見ないから。眼は雑誌に落としたまま、俺は返事する。ナシコちゃんは笑った。そうですね。選定は、あたし。けど、暇だから映画が見たい、って云ったのはタネなんですよ。珍しいですよね。俺は何故、朋久は杏子ちゃんを誘わなかったのだ、という疑問が引っかかったが、そんなことを此処で口には出来ない。ナシコちゃんは朋久のことを、タネ、と呼ぶ。それは種原という苗字から取った渾名だそうだが、俺は今までに、朋久が誰かからタネという愛称で呼ばれている姿を見たことはなかった。相変わらず、蒲団の上に横になって雑誌を読みながら対応する俺を気にする様子もなく、ナシコちゃんは本棚を眺めていた。暫くそうしているので、何か気になる本があるなら読んでいいよ、と俺は云った。本当ですか、とナシコちゃんの顔が綻んだ。此処にある本、あたしが気になって途中まで本屋で立ち読みしたものばかりなんですよ。それに、すきな作家の未だ読んでない巻も揃ってるし、とナシコちゃんは付け加えた。読める分だけ持っていくといいよ、残りはまた家に来たときに徐々に持って帰ればいい。俺が居なくても、朋久に伝えといてくれれば、何時でも貸してあげるよ。俺が云うと、ナシコちゃんは凄く無邪気に本棚に近寄った。暫く悩んで、何冊か抜き出し、パラパラとページを捲っては眺めている。そして、遠慮がちに俺に顔を向けると、邪魔じゃなければ、暫く此処で読んでいってもいいですか、と尋ねた。俺は特に用事もなかったし、人が居て集中できなかったり困るようなことはする予定もなかったので、全然構わないよ、と応えた。ナシコちゃんは礼を云うと、先刻俺が渡した座蒲団の上に座って本を開いた。俺は先程までと変わりなく、雑誌を眺めている。ラジオからは、洋楽特集が流れていた。会話が途切れ、時計の針の音が聞こえ出した。曲が流れ、時間が経過していく。何だか、違和感を憶えた。何時もなら、ナシコちゃんは俺の部屋に立ち寄ることはあっても、こんなに長居はしない筈だ。杏子ちゃんのことが、脳裏を過った。昨晩は、杏子ちゃんが家に来ていた。もしかすると、ナシコちゃんは何かに気づいてしまったのではないだろうか。




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