いつもカラーのゆめを見る (1)


 足が竦んで動けなかった。
 殺される。
 喩え殺意はなくとも、あの人の眼の奥は負の感情で満ちてる。
 投げ付けられたフォークはダーツの矢のように膝小僧に突き刺さり、えぐれた肉が少し盛り上がっているのが見えた。鮮血が、見る間に滲む。
 あの子が避けないから悪いのよ。
 そう云って、あの人は夫に言い訳をするのだろう。もしおれが、このことを言い付けたとしたら。そしてもし夫が、それを信じてあの人を咎めたりしたら。
 でも、そんな展開は望めないことも、経験上知っていた。
 あの人の夫は、おれの云う事に聞く耳など持たない。何より、育児を放棄している自分を棚に上げてあの人を責めることは出来ない。そして何より、おれがこのことを、この人の夫に話すことはない。
 あの人は、臭いものでも見るように眉を顰めた。
「莫迦じゃないの」
 普通、避けるでしょ。と立て続けに云った。
「お気に入りのフォークだったのに。早く返しなさいよ」
 だったら、投げるなよ。と言い返したかった。フォークが曲がって血に染まったのは、まるでおれの所為だと決め付けているような口調だった。おれの怪我の具合を気にしている素振りなんて、微塵も見せない。
 このまま行けば、いつかきっと、殺される。
 いや、殺してしまうかもしれない。殺意はなくとも、こんなことを繰り返していれば、咄嗟に出る正当防衛やあるいは事故で、死んでしまう可能性だってある。
 そしたら、後悔するだろうか。この人は、後悔するだろうか。おれは、ほっとするだろうか。
 想像もつかない。
 そうなった時の、感情なんて。
 その時はきっと、あの人はこう云うに違いない。
 いつも、云っているように。
「そしたら、あんたを殺してあたしも死ぬわ」


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